「鍋を、やるから」
ソレスタルビーイングの戦術予報士である、スメラギ・李・ノリエガがそんなことを言ったのは、
ほんの気まぐれだった。
「今日みんなで鍋やりましょ、鍋。何鍋がいい?」
「ちょっと待ってください、スメラギさん・・・・・・」
フェルトが話を進めていくスメラギをとめる。
「何で急に鍋なんですか・・・」
「なんで、って・・・・・・」
スメラギは一瞬迷うように空を仰ぎ、でもすぐにクルーたちに向き直って続ける。
「何食べたい?早い者勝ちよ」
「じゃあキムチな――」
「水炊きで決まりね」
ラッセの言葉を最後まで聞かず、スメラギは水炊きに決める。
「じゃあみんな、各自一つずつ材料持ってきてね。期待してるわよ。 それから――」
スメラギは、この場から逃げようとする一人の影を見逃さず、声をかける。
「もちろんあなたもよ、ニール」
「えっ・・・・・・」
名指しされたニールはぎくりと肩を震わせてからスメラギを見る。
「なんでだよ、ミス・スメラギ・・・。オレ、死んでんのに・・・・・・」
「言い訳無用」
スメラギはニールの言葉を笑顔で交わし、クルーに指示を出す。
「じゃあ、みんな、材料よろしくね。 5時に、ここに集合よ」
スメラギのその言葉で、クルーたちは散っていった。
「うーん・・・材料、何にするか・・・・・・」
刹那・F・セイエイは、自室で何にするか頭を悩ませていた。
ついでに隣には、ニール・ディランディもいる。
「何にするよー、刹那?なんかいいアイディアあるか?」
「あったらこんなに悩んでいない」
「ま、そうだな」
そういってニールは立ち上がると、部屋の奥で一人で考え始める。
刹那も何にするかと考え始めたとき、部屋に訪問者がやってくる。
「誰だ・・・・・・って、ティエリアか」
刹那の部屋の前に立っていたのは、ティエリア・アーデ。
「ティエリア、中に入ってもいいぞ」
「すまないな」
そういうと、ティエリアは刹那の部屋へ入る。
「刹那、材料何にするか決めたか?」
「いや。まだ決めていない」
「そうか。 ・・・・・・・冷蔵庫の中に何か入っていないのか?」
ティエリアが指をさす先には、刹那の冷蔵庫。
「ああ・・・何かあるかどうかわからないが・・・・・・」
そう言うと刹那は席を立ち、冷蔵庫を探る。
「ん・・・・・・牛乳がある」
「(なんで21にもなって牛乳があるんだ)もう牛乳でよくないか?」
「そうだな・・・。ティエリア、おまえはもう決めたのか?」
「いや」
「じゃあ、これでももっていけ」
「え」
そういって渡されたのは。業務用のにぼし。
(身長がらみか・・・?)
ティエリアはそう思ったが、口に出さないと言うことは、彼もこの4年で少しは優しくなったという事。
「ありがとう、刹那」
礼まで言ってしまうくらいだから、その成長はビックリするものである。
と、その時、ニールが声を出す。
「なあ、ライルは材料何にするんだろ」
誰に向けられたわけでもない質問に、ティエリアは少し冷たく返す。
「さあ。おまえ兄なんだからわかるんじゃないのか?」
「なっ、兄だから何でもわかると思うなよ!兄ナメんなよ!!」
「それここで使うのか・・・?」
ティエリアはあきれていたが、ニールは何かを念じ始める。
「なにしてんだ、ニール・・・・・・」
せつなが少しひいてたずねると、ニールの答えはアホで。
「いや、なんか今、テレパシー使えそうな気がすんだよね・・・」
「一人でやってろ」
ティエリアは冷たくツッコむ。
「ああっ、ライル!!!」
「わかったのか!?」
刹那の目に少し光がともされる。様な気がした。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・やっぱわかんなかった」
「バカだろ」
刹那の目も、いっそう冷たくなる。
「おまえは材料何にするんだ?」
刹那が敵意をあらわしながら聞くと、ニールは少し照れたように、「何だと思う?」と聞く。
「さあ」
「正解は、ジャ」
「ジャガイモだろ、このイモ男」
ティエリアの言葉に、目に涙をためるニール。
「刹那、こんなバカにかまっていると日が暮れるぞ」
「そうだな。 なんだかオレ今、ロックオンの居場所がわかる気がするんだ・・・・・・」
「すごいな、刹那!」
「オレのときと反応ちがくね?」
ニールのツッコミを無視して、ティエリアは刹那に聞く。
「どこなんだ、ロックオンは」
「それは・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
やってきたのは、アニューの部屋の前。
「・・・・・・刹那-。いくらなんでも、四六時中女の部屋いるわけないぜ」
ニールの引きつった顔を見ながら、刹那は答える。
「いるかもしれないだろ。おまえの弟だし」
「何それ!どういう意味!?」
ニールの悲鳴のようなツッコミを気にすることもなく、刹那とティエリアは少し部屋のドアを開ける。
すると、やっぱり、いた。
「いたよォォォ!オレの弟、女の部屋にいたよォォォ!」
「ほら、やっぱり」
刹那が呟く。
「シッ、何か話すぞ」
ティエリアが、ニールと刹那を黙らせる。
「ねえライル。ライルはお鍋の材料決めた?」
「いや、決めてないよ」
「えー、もう」
「そういうアニューは?」
「・・・まだだけど」
「こいつ~!」
「やだっ、やめてよライル~!」
「・・・・・・・・・」
あまりのイチャイチャぶりに、黙るしかない3人。
「オレの弟ォォォ!」
ニールは一人身悶えている。
「ライルの好きな食べ物ってなに?それにしない?」
「オレの好きな食べ物?」
「うん。なに?」
「そうだな~・・・・・・・・・。 あ、じゃがバター!」
「じゃがバター・・・なの?」
「うん」
「そっか。じゃあ、ライルがじゃがで、あたしがバター持っていくからね」
「そうかアニュー。ありがとな~」
「やめてよライル~、くすぐったいよ~」
「・・・・・・・・・」
「オレの弟イチャイチャしてるゥゥゥ!」
ニールはもう限界寸前のようで、床に突っ伏している。
(アホの部分とジャガイモ好きな部分はそっくりなんだな、コイツら・・・)
刹那とティエリアは、お互いの思考がまったく一致したことなど、知るわけがない。
と、その時。
中にいたライルとニールが、目があってしまった。
外から見つめているのは、白い目をした年下と、1人身悶えている兄。
ライルの顔から表情が消えていく。
「・・・・・・ティエリア、どこか行くか」
「そうしたほうがいい空気だな。 ・・・ほら、行くぞ、ニール」
ニールはティエリアにひっぱられ、3人は廊下の奥へと消えていった。
そして、ライルは。
顔を隠しながら、走っていった。
「ラ、ライルー!!!?」
どうしたのー!?というアニューの声は、ライルには届かなかった。
フェルトは、スメラギに頼まれ、アニューを探していた。
(リターナーさん、部屋にいるかな・・・?)
そんなことを考えているとき、向こうからライルが走ってくるのが見えた。
(ライルならリターナーさんの場所を知ってるかも)
フェルトはそう思うと、笑顔を作ってライルを待つ。
「あ、ライル。リターナーさんって・・・・・・」
だがフェルトは最後までいえなかった。
ライルがものすごい速さで走っていったために。
「・・・・・・え?」
ぽかーんとしていると、あとからすぐにアニューが追ってくる。
「待ってよライル!どうしたの!?」
そう言いながら、アニューは遠ざかっていく。
「え・・・リターナーさん?」
フェルトはまたぽかん、としたが、すぐに思考が働いて、アニューを追いかける。
「待ってください、リターナーさん!!」
そのころ、食堂では。
「アレルヤ。アレルヤだけよ?あの人たちの会話に入ってないの・・・」
「いいんだ、マリー。僕、ハブラレルヤって呼ばれてるし」
「そんなの・・・セカンドシーズンでは呼ばれてないわ」
「そのうち呼ばれるさ、きっと。アリオス壊しちゃったし・・・」
「それは関係ないわよ、アレルヤ・・・・・・」
超兵同士の、微妙に暗い会話が繰り広げられていた。ライルのもとを離れて、刹那たちが次にやってきたのは、ブリッジ。
そこでは、ラッセやミレイナ、イアンが雑談をしていた。
「おお、刹那」
ラッセは刹那たちを見かけると片手を挙げて挨拶をしてくる。
「ラッセ、材料は決まったか」
「おうよ。これだ」
「こ、これは・・・・・・」
ラッセが取り出したものは、白菜。
「やっぱ鍋と言ったらコレだろ」
刹那とティエリアは白菜を見て、互いの観想を口にする。
「白菜・・・・・・。ものすごく一般的だ・・・」
ティエリアのその発言に、刹那は付け足すように答える。
「だが、心のどこかで、安心と言うか、喜んでいる自分がいる・・・」
「ああ、僕もだ・・・・・・」
ティエリアと刹那のよくわからない会話を無視するように、ラッセはイアンにたずねる。
「おやっさんは、なににしたんだ?」
「ワシはタコだ」
「一般的ー!!!」
刹那とティエリアはもう叫び声になっている。
が、そこはティエリア。すぐに正気を取り戻し、ミレイナのほうを向く。
「ミレイナは?もう決まったのか?」
「はいです!」
ミレイナはいそいそとどこからか、材料を出す。
「ババン!ヨーグルトとチョコレートです!!」
「・・・・・・え?」
この流れからはきのこなどがくるだろうと思っていたティエリアは、意味不明なものに目を丸くする。
「ミ、ミレイナ・・・。なんでその2つなんだ・・・?」
「アーデさん、知ってますか!」
ミレイナは堂々と手を組むと、話を続ける。
「チョコとヨーグルトは、カレーに入れると、まろやかさがアップするんです!」
「・・・・・・・・・・へえ」
フン!と鼻を鳴らして話し終えたミレイナに、ティエリアはそんなリアクションしかとれない。
「ミ、ミレイナ、今のと鍋はどんな関係が・・・・・・」
「わからないんですか!?」
ずいっとミレイナはティエリアに顔を寄せる。
「ちっちっち。なってないです、アーデさんは」
ミレイナは顔の前で指を降りながら答える。
「カレーに入れておいしいものが、鍋に入れてマズいワケないですぅ!」
「・・・・・・・・・はあ」
ミレイナから顔を背け、ティエリアはふう、と息をつく。
(悪い・・・夢だったんだ、きっと。目が覚めろ、僕!)
ふらふらとするティエリアを気にかけながら、ニールがラッセに聞く。
「そういや、ミス・スメラギは?」
「ん?スメラギさんなら向こうでダシつくってるはずだぜ?」
「へー・・・。行ってくっか、刹那!」
「ん、あ、ああ」
刹那はティエリアを引っ張って、スメラギのもとへいった。
「な、なんじゃこりゃあああああ!!!!」
ニールが定番中の定番、もはやお約束のリアクションをして、スメラギがつくったダシをみる。
「ミス・スメラギ!なんでそんな顔赤いんだよ!まさか酒飲んだのか!?」
「まさか!そんなはずないでしょ!ちょっと飲んだだけよ!」
「飲んだんじゃねーか!」
ニールはスメラギにツッコミをいれ、チラリと横を見ると、そこには焼酎のビンが二つ。
「ってぇぇぇぇ!!!もうすげえ飲んでんじゃねえかよ!!!!」
「違うわよ、それ、飲んだやつじゃないわ!」
スメラギはそういって、ダシを少し皿にすくう。
「はい、刹那。熱いから気をつけてね~」
「ああ」
刹那はそれを受け取って飲むと、直後、咳き込んだ。
「あああああ、刹那ぁぁぁぁ!!!ミス・スメラギ、なに入れたんだよ!」
「なにって・・・お酒をちょっと」
「絶対ちょっとじゃない!!!」
ニールはそうツッコむと、ハッとしてスメラギをみる。
「ま、まさかミス・スメラギ・・・。この酒、もしかして・・・・・・」
「うん、全部入れたわよ」
スメラギは笑顔で軽く答える。
「まあいいわ。ちょうどできたし、みんなを呼んでくる?」
そういってスメラギは後ろを向く。
「ダメダメ!これ食わしちゃダメだよ!」
ニールの必死の説得もむなしく、アレルヤとマリーがやってくる。
「何ですか、このにおい・・・・・・」
「お酒臭い、ですね・・・」
顔をしかめながら2人は入ってくる。
そしてスメラギは、「さあ、あとはフェルトとロックオンとアニューだけよ」と言う。
そしてその時、目の前の廊下を、ライル、次にアニュー、そしてフェルトが走り抜ける。
「あ、いたわ!アレルヤ、つかまえて!」
「なんで僕なんですか!!」
「超兵でしょ!」
「超兵だからって何でもできませんよ!」
そういいながらもアレルヤは走ろうとし、しかしそれをニールがとめる。
「ニ、ニール・・・!」
「待ってろアレルヤ。ライルはオレが止める」
ニールはそう言うと、思いっきり息を吸い込んだ。
「ライルのおーー!初めての●●●●はぁーーー!!!」
そこまで言ったとき、ライルがニールに殴りかかる。
「なに言ってんだよ、兄さん・・・!」
「ホ、ホラな・・・!」
ライルに踏まれながらも、ニールは笑う。
「たまにはニールも役に立つな」
ティエリアのそんな言葉は、聞こえないふり。
「まあ、みんな集まったから、鍋、始めるわよ!」
そういってスメラギは腕まくりをする。
「じゃあまず刹那から、材料を発表して」
「了解」
刹那はそういうと、牛乳を取り出す。
「オレは、牛乳を持ってきた」
「わー、セイエイさん、それ、イ●ンのやつですね!」
「割引セールだったんだ」
「よかったですねー!」
「いや、そんなことどうでもいいから。 次、ティエリア」
「僕が持ってきたのは、刹那の部屋の冷蔵庫にあったにぼしだ」
「セイエイさん、あれもイ●ンですか?」
「いや、違う。あれはヨー●ドーだ」
「ライバル店ですね!」
「そんなのもどうでもいいのよ。 次、ニール」
「オレはジャガイ」
「兄さんオレとカブってる!!」
ニールが言い終わらないうちに、ライルが声を上げる。
「ライル、ライルのはじゃがバターよ」
「あ、そっか」
「ミレイナは?」
「ヨーグルトとチョコです!」
「ラッセとイアンとフェルトは?」
「白菜とタコと豆腐だってよ」
「私はスルメイカよ」
最後のスメラギのおつまみが気になったが、一応クルー全員の材料は聞き終えた。と思ったら、
アレルヤが若手芸人並みのリアクションで立ち上がる。
「ちょっと!!僕まだなんだけど!!!!」
「あー?なんだよアレルヤ。おまえの材料なんだよ?」
ニールのにらみに少しおびえたのか、アレルヤは小さい声で、
「きのこ」
と呟いた。
そして次の瞬間。全員の罵声がアレルヤにのしかかった。
「さてと」
スメラギはふう、と額の汗をぬぐう。
「こんなカンジかしらね」
そういって出来上がった鍋は、世にもおぞましいできのもの。
(誰がこんなの食うんだよ・・・)
クルーのみんなはそう思ったが、一人も口に出すものはいない。
「じゃあ、アニューに食べてもらおうかな」
「えっ、あたしですか!?」
アニューの声が、驚きで裏返る。
だけどスメラギは気にすることもなく、「ええ」と返す。
(アニュー、がんばれよ!おまえなら大丈夫だ!)
(ありがとう、ライル。あたし、がんばるから)
アニューはライルと目でそう会話をして、箸を鍋に入れる。
そして一口食べてアニューは、感想をとつとつと述べる。
「なんていうか・・・・・・お酒のにおいに、牛乳のにおいが混じってて、ちょっとにぼしくさい・・・
それで、ヨーグルトの酸味とチョコレートの甘みが会って、ジャガイモのホクホク感と、スルメイカの
硬さがあります・・・。噛み切れないです・・・。それとバターのまろやかさが混じってます・・・。
そしてそこに白菜のシャキシャキ感と、タコのコリコリ感、豆腐のとろとろした感じと、きのこのしゃく
しゃく感が混じって、なんというか・・・・・・マズイです・・・・・・」
そういうとアニューは、床にバタリと倒れた。
「アニュー!!!」
ライルがあわてて抱きかかえるすぐ隣で、クルーが鍋を食べて悶絶する。
そして、誰しもがこう思った。
これ・・・闇鍋じゃね?
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